【コロナで無職!】実家暮らしを始めたアラフォーバツイチ

セミリタイア状態となってしまったオジサンが株式投資を武器に何とか生き残る道を模索する

【無職のオシャレ】体型・髪型・ファッション・生き様…ダサい無職にはなりたくないぜ!

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いくつになっても見た目にはこだわっていきたいものである。

無職のオッサンにオシャレは必要なのか?

無職は基本家にいる。

毎朝どこかに出かけることもないので、一日中同じ姿でも大丈夫だ。

 

だが、そんな生活をしていては身も心もだらしない人間になっていってしまう。

不審者レベルもさらに上がってしまうことだろう。

 

今回は無職のオシャレ(見た目など)について考えていきたい。

 

 

その1・体型

見た目の基本は体型である。

どんなに着飾っても、体がブヨブヨでは話にならない。

 

権力ある富裕層ならそれも貫禄かもしれないが、無職においてそれは怠惰の象徴に他ならない。

 

僕は高校生のころは若干太っていたが、上京をきっかけに一人暮らしを始めると三ヶ月で10kg以上痩せた。

 

そこから何度か太ったりもしたが、現在は身長175cm・体重64kg前後・体脂肪率11%前後とまずまず体型をキープしている。現在やっている運動は散歩と腹筋ローラーのみだ。

 

別の記事でも書いたが、実家は食生活が超充実しているため簡単に太る可能性を秘めている。こちらが食べる気がなくてもオートマチックに食料が運ばれてくるのだ。毎日運動をし、体重計にも乗ることを心がけたい。

 

※我両親の口癖は「食べなきゃ死ぬ」である。歳を取るとどんどん痩せていくようだ。

 

 

その2・髪型

僕は生粋の天然パーマである。

社会人になってからはその天パをワックスなどでそれなりにコントロールし、髪も自分で切るようになり、多少奇抜な感じにしていたので初対面の人からは美容師に間違われることもよくあった。

 

雨の日はイライラすることもあったが、子供のころに比べちょっとだけ自分の髪が好きになった。

 

が、ここ一年くらいで悩みが生じている。

別にハゲてきたわけではない。デコは広く、左右の生え際も鋭い感じになっているがそれは昔からだ(中学生のとき、頭髪検査で剃り込みを入れてると勘違いされた)

 

髪質が異常にパサついてきた?のである。リアルパーマをあてた感じでチリチリになるのだ。こうなっては自分の思い通りにコントロールなど不可能である。

 

さらに実家は湿度が高いエリア。関東の乾燥した空気は天パを抑える効果があったが、チリチリに加えてこの湿度である。もはやどうにもならなくなってしまった。外出の時は必ず帽子をかぶるようにしている。

 

もうこうなったらいっそ坊主にした方が楽だと思う。どうせ無職の頭など誰も見ないであろう。シャンプー代も減るし、ドライヤーの電気代や時間も減らせる。

 

だが、オシャレとは忍耐でもある。

手間と時間とお金をかけるからこそ人の目を引くスタイルが出来上がるのだ。

一つ我慢を放棄すれば、次にまたどこかの我慢を放棄していくだろう。

 

それがダサいオッサンとなる地獄の入り口なのだ。

 

 

その3・ファッション

ここ数年、洋服はZOZOTOWNで季節の変わり目ごとに購入していた。

 

僕が一番お金を使っていたのは、このファッションの分野である。ファッション誌を買ったり流行の最先端の情報を仕入れたりなどはしていなかったが、昔から何となく好きだったので洋服は色々と買っていた。職場が私服通勤だったこともあるだろう。

 

洋服に合わせて靴や時計、メガネなんかもそれなりの数を揃えていた。自分にしかわからないこだわりであったが、毎日楽しんでやっていた気もする。

 

一時期はブランドものにも手を出したが、さすがにそこまではやりすぎと思い、逆にZOZOTOWNでリーズナブルに売っているものを購入するようになった。

 

が、そこで気がついたのは、そうしたものは多くの人が購入するため、街でかぶってしまうことも多いのだ。特に学生くらいの年代の人とかぶった時はきつい。同じファッションの若者とオッサンは、アダムと使徒のように決して出会ってはいけない存在なのである。

 

やはり年相応のファッションが必要であり、そこに自分の個性を追加していかなければならない。そのためにはこれも日々勉強なのだ。自分で洋服を選ぶ経験を定期的に行っていかなければ、今の自分に何が正しいのかがわからなくなっていってしまう。

 

使える範囲の金額の中で、試行錯誤することを忘れないようにしていきたい。

 

 

その4・生き様

生き様、抽象的ではあるがこれもファッションと同じようにその人のアイデンティティを形作るものだろう。

 

仮に一生働かなくてもいいくらいのお金があっても、毎日家でダラダラしている人の生き方はかっこいいとは思えない(それはそれで憧れる人もいるだろうが)

 

やはり何かに向かって頑張っている人はかっこいいのである。

普通の人は仕事なのかもしれない。

だが無職にはそれがないのだ。

 

 

今はまだこれから何を目指して生きていきたいかはわからない。

やりたいことはたくさんあるが、何かを目標とし努力を続けていくというものはまだ見つかってはいない(投資がそれかもしれないけど)

 

残り時間、何を積み上げようか。

 

 

まとめ

無職のくせに細かいことガタガタ言ってるのは、娘の存在があるからだろうか。また次に娘に会った時、僕のことをかっこいいパパだと思ってもらいたいのだ。

 

コロナで一年以上会ってないが、娘の頭の中には一年以上前の僕のイメージがあるだろう。それが崩れるのが何か嫌なのである。

 

色々と劣化していくのはしょうがないことだが、何とか争いたい。